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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)2573号 判決

原告

杦岡智代子

被告

中一陸運有限会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金二八四万八三〇七円及びこれに対する昭和六三年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告らの、その余は原告の負担とし、参加によつて生じた費用は、これを一〇分し、その一を被告ら補助参加人の、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、連帯して金三一三二万九九九一円及びこれに対する昭和六三年八月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告運転の普通乗用自動車が被告下田勇(以下「被告下田」という。)運転の大型貨物自動車に追突され、原告が負傷した事故に関し、原告が、被告下田に対しては民法七〇九条に基づき、大型貨物自動車の保有者兼被告下田の使用者である被告中一陸運有限会社(以下「被告会社」という。)に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条、民法七一五条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六三年八月九日午前六時五〇分

(二) 場所 京都府口訓群大山崎町字円明寺名神高速道路下り線四九五・八KP(以下「本件現場」という。)

(三) 加害車両 被告下田運転の大型貨物自動車(群馬一一か三六一九、以下「被告車」という。)

(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(神戸五二つ五九七六、以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 本件現場の道路で被告車が原告車に追突し、被告車が原告車に乗り上げる状態となつたもの

2  被告らの責任

被告下田は、民法七〇九条に基づき、被告会社は、自賠法三条、民法七一五条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  後遺障害等級

原告は、本件事故による後遺障害について、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)上、一四級一〇号の認定を受けた。

4  損害のてん補

原告は、本件事故による損害のてん補として、八七万七九六〇円の支払いを受けた。

二  争点

1  後遺障害

(原告の主張)

原告は、本件事故により第四、五頸椎、第五、六頸椎の椎間板が脱出するヘルニアを発症し、右ヘルニアに起因する後遺障害として、四肢脱力、全身硬直、頸肩腕の疼痛、歩行困難等の自覚症状を訴え、他覚的にも頸部・背部・四肢の知覚鈍麻、躯幹・四肢の硬直、痙性麻痺による歩行障害、上肢の脱力及び運動障害の症状が認められ、右後遺障害は、少なくとも自動車損害賠償保障法施行令二条の等級表(以下「等級表」という。)九級一〇号(神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの)に該当するものである。

(被告ら及び被告ら補助参加人の主張)

原告の第四、五頸椎、第五、六頸椎の椎間板の脱出は軽度のもので原告主張の症状には影響を与えていないし、神経学的な異常所見も認められないことから、自賠責が認定した一四級一〇号を超える後遺障害は存在しないものというべきである。

2  寄与度減額

(被告らの主張)

原告の第四、五頸椎、第五、六頸椎の椎間板の脱出は加齢現象によるものである上、原告は、本件事故前から精神神経症等で医療法人恒昭会アイノクリニツク(以下「アイノクリニツク」という。)に通院しており、原告主張の症状は、心因的原因かあるいは自律神経を介する交換神経の緊張が亢進して生じているものであるから、本件事故の寄与割合は非常に軽微である。

(原告の主張)

原告は、本件事故前からアイノクリニツクで診察を受けていたが、事故前には前記したような症状は認められておらず、右症状は事故直後から生じたものであるから、右症状は本件事故に起因するものである。

3  損害

第三争点に対する判断

一  争点1・2(後遺障害・寄与度減額)

1  前記争いのない事実及び証拠(甲一、二の一、二、三の一、二、四ないし六、七の一、二、一二、二〇、二三ないし二八、検甲一ないし一〇、乙一、二の一、二、三の一、二、四の一ないし三、五、証人市丸精一、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故は、被告下田が被告車(約一〇トンの積載重量)を運転して本件現場道路を走行中、前方一九メートルの地点を走行中の原告車を発見し、危険が感じてブレーキをゆるく踏み、さらに四五メートル余り進行した地点において、一三・六メートル先に停止した原告車を認め、ブレーキをかけたが間に合わず、被告車の右前部が原告車の左後部に追突し、原告車が一・五メートル前に押し出され、被告車が原告車に乗り上げる状態となつて停止したというものであり、右事故により原告車は、ボンネツト、後部バンパー、フエンダー、トランク凹損等により約一五〇万円の損害を被り、被告車は右前キヤビン・バンパー凹損等により約三〇万円の損害となつた。なお、原告はシートベルトを着用していた。

(二) 原告は、本件事故直後(昭和六三年八月九日)、蘇生会病院に搬入されたが、意識は清明であり、頸椎捻挫、右下腿・右肘の打撲、頭部外傷Ⅰ型との診断を受け、顔面創部縫合の治療を受けたが、その後は仕事が忙しくて治療を受けず、同年九月一日から、以前から不眠等で受診していた(神経症との診断で昭和六一年二月一二日から本件事故前まで通院治療を継続していた)アイノクリニツクに通院し、脳波、頭部CT、脊椎X写真等の検査を受けたが、第四から第六頸椎にかけて軽度の変化を認められた以外は特に異常は認められなかつた。しかし、なおも頸部痛や全身倦怠感があつたので、頸椎疾患に関し、同月一九日、株式会社互恵会大阪回生病院の整形外科で検査を受けたが、第四から第六頸椎にかけて不安定性が認められた以外は神経学上の異常は認められなかつた。なお、内科では胃潰瘍が発見されたため、同年九月二二日から同年一〇月一九日まで二八日間入院したが、その入院期間中の同年一〇月四日、歩行困難(速く歩けない)を訴え、同病院の神経内科で検査してもらつたが、ここでも握力がやや弱めであつたこと以外は神経学的な異常所見(ほぼ歩行正常)が認められなかつた。そこで、さらに、東京の杏雲堂病院に同年一〇月二四日から入院し、検査を受けたが、第六、七頸椎椎間板変性(後部に骨棘)が認められたものの、頸部痛はつつぱり感が軽度ある程度でなくなり、特に神経学上の異常は認められなかつたので、同年一一月二日に退院した(入院期間一〇日)。

(三) 退院後は、同病院とアイノクリニツクに並行して通院し、当初は、元気で仕事ができる状態であつたが、平成元年一月末ころ、腰部から左下肢のしびれを訴え、同年三月ころには、背中から腰にかけて痛みはないが、カチカチになつて動かなくなる、速く歩けないなどの症状を訴え(同年五月ころ、杏雲堂病院では心身症を疑われた。)、右症状はしだいに悪化し、頸部から躯幹・両上肢の硬直感、両下肢のチアノーゼ・しびれ感、歩行困難等の症状を訴えるようになつた。そのため、アイノクリニツクの市丸精一医師の勧めで、平成四年六月、北野病院の神経内科で検査を受けたが、頸髄のMRI所見の第四、五と第五、六頸椎の椎間板の軽度脱出(同病院の医師は、右脱出につき、本件事故と関係がないとは断言できないが、むしろ加齢現象と解釈している。)以外は神経内科的異常はないと診断された。そして、平成四年一一月五日、前記市丸医師により一応症状固定と判断され、後遺障害として、傷病名「頸椎椎間板ヘルニア、頸椎変形症」、自覚症状として「四肢脱力、全身硬直、頸肩腕の疼痛、歩行困難等」、他覚症状として「頸部・背部・四肢に軽度の知覚鈍麻、頸部・躯幹・四肢の軽度の硬直、両足関節、両手関節の屈曲困難、足関節以下の知覚鈍麻、両下肢のチアノーゼ、四肢疼痛、歩行困難等」と診断された。

2  以上の事実を前提にして本件事故による原告の後遺障害、寄与度減額について判断するに、確かに、前記した本件事故態様からすれば、衝突時に原告にかなりの衝撃があつたことは窺われるが、事故直後に受診した蘇生会病院では頸椎捻挫、右下腿・右肘の打撲、頭部外傷Ⅰ型の診断を受け、顔面創部縫合の治療等を受けた後、仕事に復帰し、その後約三週間は病院に受診していないこと、その後、頸部痛、全身倦怠感等の症状を訴えて前記した各病院を受診したが、第四から第六頸椎にかけて軽度の変化、不安定性が認められた以外は特に神経学的な異常所見も認められなかつたこと、受傷から約二か月後に歩行困難を訴えたが、歩行はほぼ正常であると診断され、また、その後も、前記した種々の症状を訴えたが、右症状を裏付ける異常所見は認められなかつたこと(なお、平成四年六月の北野病院でのMRI検査では第四、五と第五、六頸椎の椎間板の脱出が認められたが、右第出はむしろ加齢現象と判断され、神経内科的異常はないと診断されている。)、原告は本件事故前から不眠等の症状で神経症と診断され、本件事故直前まで通院治療を継続していたこと及び本件事故後一か月余りして神経性と思われる胃潰瘍を発症していることやその後の治療経過等からすれば、原告主張の前記症状はむしろ心因的な原因によるものであることを窺わせることが認められ、右事実を総合して考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある後遺障害は頸椎捻挫に伴う頸部痛等の神経症状のみであり、その程度はせいぜい自賠責が認定した一四級一〇号であると認めるのが相当である。

そして、前記認定した第四、五と第五、六頸椎の椎間板の脱出は加齢現象である上、既往症の神経症が原告の治療を遷延化させたことを考慮すれば、二割の寄与度減額を認めるのが相当である。

二  争点3(損害)円未満切捨て

1  治療費(主張額七六万〇九三七円) 七六万〇九三七円

原告は、前記した入通院による治療費として七六万〇九三七円を要したことが認められる(甲五、八、九の一ないし五一、一〇の一ないし五三、二三ないし二八、二九の一ないし三、三〇、三一の一ないし二一、三二の一ないし二一)。

2  入院雑費(主張額四万九四〇〇円) 四万九四〇〇円

原告は、本件事故による治療のため前記のとおり合計三八日間入院したが、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円とするのが相当であるから、右雑費は四万九四〇〇円となる。

3  入通院交通費(主張額一三三万九二〇〇円) 〇円

原告は、東京の杏雲堂病院に入通院した際の航空運賃を主張するが、右病院を受診したのは原告の都合によるのであり、大阪府内でも十分な治療を受けられる病院があることから、右航空運賃は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

4  休業損害(主張額五五六万三三五七円) 八五万四八一六円

原告は、本件事故当時、飲食店(バー)を経営し、店には、女の子は置かず、自ら客を接待して営業し、昭和六二年分所得金額二〇五万一五六〇円を得ていたが(甲一三ないし一八、二〇、原告本人)、本件事故による受傷により就労が制限され、前記認定した原告の症状の推移等を勘案すれば、本件事故日から昭和六三年末まで約五か月間の休業を認めるのが相当であるから、休業損害は、以下のとおり八五万四八一六円となる。

2,051,560×1/12×5=854,816

5  入通院慰謝料(主張額一五〇万円) 一五〇万円

前記した入通院期間、原告の受傷内容等を勘案すれば、一五〇万円が相当である。

6  後遺障害逸失利益(主張額一二七六万四六六一円) 四四万七六八一円

原告は、症状固定当時、少なくとも、前記認定した昭和六二年度の年収二〇五万一五六〇円程度を得られたものと認められるところ、本件事故により前記認定のとおり一四級一〇号の後遺障害を残し、五パーセントの労働能力を喪失し、右喪失期間が症状固定日から五年間継続するものと認めるのが相当であるから、ホフマン方式により中間利息を控除して後遺障害逸失利益を算出すると、以下のとおり四四万七六八一円となる。

2,051,560×0.05×4.3643=447,681

7  後遺障害慰謝料(主張額五五〇万円) 六七万円

前記した後遺障害の内容、程度等に勘案すれば、六七万円が相当である。

8  宿泊費(主張額一三九万〇三九六円) 〇円

原告は、本件事故後、身動きできない状態で前記した飲食店の営業を続けるため、店近くのホテルに滞在し、店の従業員に対し指示等をする必要があつた旨主張するが、前記認定した原告の症状等に鑑みれば、ホテル滞在の必要性は認められず、右費用は本件事故と相当因果関係のあるものとは認められない。

9  物損(主張額一六五万円) 〇円

原告は、原告車に積んでいた陶板等が本件事故により壊れたとして物的損害を主張するが、原告が被告らに対して右主張を行つたのは本件事故から三年を経過した後であり(原告本人、弁論の全趣旨)、被告らは右物的損害の賠償請求権の消滅時効を援用したので、右請求権は消滅したものと認められる。

原告は、本件事故に原告が被告らに対して取得する損害賠償請求権はそれが人損であれ物損であれ単一の権利であるから、物的損害のみが人的損害と切り離されて消滅時効にかかることはない旨主張するが、被侵害利益の相違等を考慮すれば、人的損害と物的損害の賠償請求権は別個の訴訟物と解するのが相当であるから、原告の右主張は採用しない。

また、原告は、本件事故から三年を経過する前に被告らが原告に対して本件事故の損害賠償額確定を求める調停を申立てたことが債務の承認に当たる旨主張するが、債務の承認は、時効の利益を受ける当事者が時効によつて権利を失う者に対し、その権利の存在を知つていることを表示する観念通知であるところ、本件では、そもそも被告らは原告から前記した陶板等の物的損害の主張があるまでは物的損害が存することを知らなかつたのであるから(弁論の全趣旨)、被告らの右調停申立ては債務の承認には当たらず、したがつて、原告の右主張も採用できない。

よつて、原告の物損の主張は理由がない。

10  以上合計四二八万二八三四円となるが、前記認定した二割の寄与度減額をし、既払金八七万七九六〇円を控除すると、二五四万八三〇七円となる。

11  弁護士費用(主張額一六九万円) 三〇万円

本件事案の内容・認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害額は三〇万円が相当である。

三  以上によれば、原告の請求は、金二八四万八三〇七円及びこれに対する本件事故日である昭和六三年八月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木信俊)

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